とあるFB友達の経営する会社「マーケット・イノベーション」さんの新商品「あ!いも」を頂いたので、あまり食レポってやらないんですが、かんたんにご紹介したいと思います。
北海道室蘭市に住む、とある団体職員のスチャラカな日常を綴ります。
とあるFB友達の経営する会社「マーケット・イノベーション」さんの新商品「あ!いも」を頂いたので、あまり食レポってやらないんですが、かんたんにご紹介したいと思います。
今年、僕は数え41歳の前厄になります。
1週間前の話になりますが、地元の氏神様に厄除け祈願に行ってきました。
ちなみに、厄祓いと言う人も多いですが、すでに起きてしまった厄を祓うのが厄祓い。厄が起きないように祈願するのは厄除けというらしいです。
数え24歳の本厄のときに、運が悪けりゃ死んでたかも、という自損事故をやらかして、厄除けに行った時以来ですが、やはり昇殿しての祈願は気持ちが改まりますね。
そんな中で、一つ改めて感じたことがあるので、自己メモ兼ねて、残しておきたいと思います。
ここから書くことは、僕の独自解釈なので、神道本来の教えとは違うかもしれません。そこはご了承下さいね。
人智の及ばないものから守ってくれるのが神様
人は、生きていると、自分の力ではどうにもできない出来事が何度かあるものです。天災の類はまさにそうですし、巻き込まれ事故とかもあります。思いがけないタイミングで体調を崩したり、病気になったりもします。
実は、本当はもっとたくさんの災いが人生には待ってるのかもしれない。でも、その災いのいくらかから守ってくれているのが、神様なんだと思うんですよね。
だから、僕は神社で参拝する時には、「ありがとうございます。」「いつも見守って頂いて、ありがとうございます。」としか言いません。
そして、そういった「人の力ではどうにもできないもの」が「厄」であり、それから守って頂くようにお願いするのが厄除け祈願だと思うんです。
神様が守ってくれている以上、うまく行かないのは自分の責任。
厄除け祈願に行って、「これで神様が守ってくださる。全てうまく行く」と考える人も多いのかもしれませんが、僕が今回感じたのは全く別のものでした。
自分の力ではどうにもできない災いからは、神様が守って下さる。
ということは。
それでもうまく行かないなら、それは自分の力でなんとかできるはずのものを、やってないだけ。自分の責任。
ということなのではないかと感じたのです。
やや不敬な言い方になりますが。
人生において、前へ前へと進むのは僕が自分でやらなきゃいけないこと。
じゃあ、神様は何をやってくれているのかといえば、僕の背後をそっと守ってくれている存在なんじゃないかと。
今年、年初に引いたおみくじは、厄年にも関わらず、大吉でした。
中身をよく読んだら、心を素直に、身もちを正しくすれば、何事も思うままになると書かれてました。だから欲を離れて人の為に尽くしなさい、と。
これは僕には、「背中は守ってやるから、心を素直に、思い通りにやりなさい」との神様の言葉のように思えたのです。
なので、今年の僕は、背中は神様に預けて、人のために、このまちのために、思い通りに突っ走ります。(あれ? 結局いつも通りじゃん。)
皆様新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申しあげます。
年初にあたり、この1年の抱負といいますか、目標のようなものを書き留めておきたいと思います。お時間があればお付き合い下さい。
さて。令和元年も残りわずかとなりました。今年も1年間、たくさんの皆様にお世話になりました。本当に、ありがとうございました。
毎年恒例ではありますが、年初に立てた目標をもとに振り返って行きたいと思います。今年は、以下3つの目標を立てておりました。
1.減量を含めた身体のメンテナンス
2.情報発信系の再始動
3.「可動域」を広げる
これらについて振り返っていきたいと思います。
本日、12月27日(金)。
令和元年の仕事納めを迎えました。
今年1年の振り返りみたいなのは、大晦日に書くとして。
今日書きたいのは、「年末年始感の無さ」についてです。
子供の頃、お正月と言えば、楽しみなものでしたし、子供心に特別な期間だと感じていました。
それがここ数年、全く感じられないなぁ、と思ってたんですが、ふと、原因に思い当たりました。
最近、観光関係の話題に触れるときに、いくつかのキーワードがあります。一つは、インバウンド。そして、もう一つは富裕層。
この「富裕層」の捉え方について、世の中的な見方と現実との間に、結構な差異がありそうなだなぁ、と感じたので、その点について書いてみたいと思います。
前から気にはなっていたんですが、最近改めて気になることがあります。
室蘭の人って、どうしてこうも後ろ向きな発言が好きなのでしょう。
特に、室蘭の全盛期を体験しているシニア層の男性に多い気がする。
「昔は良かった。まちも賑やかだった。」
これは良いとしましょう。在りし日を懐かしむ心に害はありません。
問題はこれに続く言葉。
「それに比べて今はダメだ。これからもっとダメになる。」
「製油所は撤退してしまった。製鋼所もどうなるかわからないし、製鉄所だって君津や大分に比べて小規模だから未来が無い。」
これなんですよね。
頼みもしないのに、悲観的な未来予想を披露し、もうダメだと嘆いて見せる。
「ドンパ」という言葉を知ってますか?
北海道の言葉で「同級生」「同い年」という意味です。
最近、立て続けにドンパと再会したり、ドンパの活躍を聞く機会があったので、感じたことを書いてみたいと思います。
今日は、参議院議員選挙の投票日でしたね。皆様、投票には行きましたか?
記事執筆時点で、投票所が閉まるまであと1時間あります。行ってない方は這ってでも行きましょう。それが大人としての責任です。
と、みんなが言ってるお題目を並べても、何も響かない方も多くいると思うので、最近僕が感じる「選挙に行く意味」を少し書いてみたいと思います。
昨年末受診した健康診断で気になる記述があり、地元の開業医に受診したんですが、その時いろいろと感じたことがあったので、書き残しておきます。